『石が燃える』

 むかし、むかし、粕尾の村に、小林七郎左衛門というお代官様がおりました。ある日の事、お代官様は、鍋山から小曽戸をとおり、小室の親戚に行こうと、山越えをしているときのことでした。朝早くから歩き通しだったので、疲れてしまい、木の根っ子に腰をおろして休んでいました。その時、ふと、足元にころがっている石が気になりました。

「おや、この石は、見たことがあるぞ」と、しばらく考えてから、

「そうだ、そうだ。いつぞや、地方に行ったとき、このような石を窯に入れて焼いている農家があったな。あのときの石に違いない」とお代官様は思いました。その石を拾って、小室の親戚を訪ね、一晩泊めてもらいました。

そのとき「この石は、何に使うか知っておるか」と聞いたけれど、その石がどんな石なのか誰も知らなかった。何かに使えるのではないかと思い、ご飯を炊くかまどの火の中に入れてみました。翌朝、よーく見てみると、石のまわりには、白い灰が浮きたっていました。

「こんなもの、何に使うんだべー」

「俺たちも、はじめて見るなあ」と、親戚の人たちも、口々に言うのでした。

お代官様は、不思議に思い、白い灰を家に持ち帰り、さっそく、以前に旅した地方に、使いをやって、たずねさせました。

すると、ある百姓は、「焼いた石に、水をかけると白い粉になるんだ。この粉はな、糸や布を染めるときに使うんだ」と言いました。

また、ある百姓は、「この粉を染物に使うと、ソリャー布が鮮やかに染めあがるんだ。水とかき混ぜて、藍草と混ぜるのよ」と教えてくれた。これを聞いたお代官様は、

「これは、すばらしい灰だ。まったくいいことを聞いたものよ」といって大変喜びました。

それから、暇を見つけては、この石を拾い集めるのでした。そして、窯に入れて焼いては灰を作り、壺に入れて蓄えていました。江戸おもてに行くときには、土産物として持って行きました。諸国から来ていた大名は、お代官様から灰の使い道を聞いて、

「こりゃ、珍しい。いいものを頂いた」と大変喜んだということです。

それから、此の灰は、染物に役に立つばかりか、薬にもなることがわかりました。

また農家の人たちは、野菜や米を作るのにも使ってみました。肥料にすると、たくさんの作物が収穫出来ました。

「何と、重宝な灰だこと」と言って、石を焼く農家が、だんだんと増えてきました。それからというものは、この地では「石灰の村」として栄えていきました。