むかし、むかし、葛生の宿に一人の馬方(馬に人や荷物をのせて運ぶ仕事をする人)が住んでいました。この馬方は、大変気がやさしく、一人暮らしだったので、馬を家族のように大事にし、とてもかわいがっていました。
このうわさを聞いた観音さまは、その馬方がどんなに馬をかわいがるのか、実際に見たくなりました。
ある日のこと、観音さまは旅人に姿を変えて、その馬方の馬に乗りました。馬の手綱を持って先に立って歩いていく馬方は、前の晩に雨が降って、道のところどころに、水たまりがあると、「ほら、水たまりだぞ。よけて通れよ。」と、馬に声をかけながら歩いていきます。また、大きな石ころが、道のまん中にころがっていると、石を道のわきにどかして、馬がつまづかないように、気をつけてやるのでした。馬がつかれたと思うと、「ハイッ、ハイッ」と声をかけて、力をつけてやりました。二里(約八キロメートル)ばかり行ったところに立場(旅人や馬方が休む店。馬に水やかいば(馬の食べ物)をくれるようになっている。現在のドライブインのようなもの)があったので、旅人は「ちょっと休みましょう!」と馬方に声をかけました。
馬方は、旅人をおろしますと、まず馬に水を飲ませ、それから旅人からいただいたお茶を飲むのでした。また、いただいたお菓子は、自分では食べないで、それを馬に食べさせるのでした。これをご覧になった旅人は、つくづく感心いたしました。
そこで、「わしは、おまえさんが馬をかわいがるという話を聞いたが、いや、ほんとうに感心したよ。そこで、おまえさんにいいお嫁さんを世話してやるから、あしたの晩待ってなさい。」といって、どこともなく立ち去りました。
馬方は、うれしくて、その晩はよく寝られませんでした。夜が明けると、ごちそうを作ったり、酒を買ってきたりして、今か今かと待っていました。
夕方になると、約束どおり旅人がやってきました。そのあとから、りっぱなかごがついてきました。旅人はにこにこしながら、「さあ、いい嫁さんをつれてきましたよ。」といいましたので、馬方はうれしくなり、旅人とかごをかついできた二人の男を座敷に上げて、酒とごちそうを出してふるまいました。三人は、「めでたい、めでたい」といって、お酒をのんだり、ごちそうを食べたりして、間もなく帰っていきました。
馬方がさっそくかごをあけて見ると、びっくりしました。今まで見たことのないようなきれいな支度をした美しいお嫁さんがいたのです。
「おめえさん、ほんとにおらがとこに、嫁ごになってきたんけ?」とききました。
すると、「わたしは、となり村のものですが、今晩はこの村のだれだれさんのところに嫁入りする途中でしたが、どうしたわけか、ここにつれてこられたのです。」と悲しそうな顔をして、涙ぐんでいました。馬方はかわいそうになって、「それは大変なこってえです。じゃ、夜遅くなったけど、うちで心配してやしょうから、すぐに送ってあげますべえ。」といって、嫁さんを馬にのせて、夜更けの道を、急いでとなり村の嫁さんの家に送っていきました。
嫁さんの両親は、馬方の親切をとても喜んで、あつくお礼をいいました。
そして、馬方のやさしい心にすっかり感心して、馬方のために、りっぱな家を建ててやり、その娘さんをお嫁にくれ、二人はいつまでも幸せにくらしました。